一番好きなレンズは、と聞かれたら・・・・・

ボケがきれいなレンズときたないレンズがある。このレンズはまさしく前者。花の写真を撮るにはなくてはならない相棒となってしまったのがこのSTFレンズである。

Minoltaの快挙

理想のボケを生み出すレンズ。Minolta α STF 135mm F2.8(T4.5)

 このレンズはきれいななボケを作るために設計されたレンズである。きれいなボケ味を謳ったレンズは多々あるが、このレンズのすごいところは、きれいなボケを作るために多くの機能と性能を犠牲にしてしまったところだ。

 アポダイゼーションエレメント(注1)という光学素子を使うことで良好なボケ味を得ているのだが、この素子のおかげでレンズの明るさが暗くなってしまった。このレンズの口径はF2.8だが、レンズの明るさはF4.5相当である。(これをT値と言い、T4.5と表記する。注2参照。)さらに口径食という周辺部のボケが流れたようになる現象を防止するため、ある部分にひとまわり大きなレンズを使用している。またこれは設計上の都合もあるのだろうが、マニュアルフォーカスである。しかもそうお安いとはいえない価格である。
 
 つまり全く売れそうにないレンズ、というのがこのSTFレンズなのである。事実、ミノルタ以外のメーカーは同様のレンズを作ったことがない。そんなレンズを製品化してしまったミノルタには、本当に写真の好きな人がたくさんいたのだろうと思う。
 注)その後ソニーやフジ、レンズメーカーからもアポダイゼーションエレメントを用いたレンズが発売されています(2017.9.15記)。

なんと絞りを2つ持っている!

 そしてもうひとつこのレンズの凄いところは、自動絞りの他にボケ専用のメカニカル絞りがあるところである。 ボケの描写は絞りの形に影響され、絞りの形は真円が良いとされている。そのためにSTFでは別の専用絞りが設けられている。一般的に角のない真円形の絞りにしようとすれば、絞り羽根の枚数を多くしたほうが有利だ。しかし自動絞りの場合はモーターで駆動するため、絞り羽根の枚数を多くすると大きなモーターを使用しなければならない。このため現実的には絞り羽根の枚数を少なくするそうだ。そこでボケ写真を撮る頻度の高いT4.5からT6.7までは手動のメカニカル絞りが採用されている。ちなみに上の写真はメカニカル絞りをT6.7にした所である。角のないみごとな真円形である。
 
 後から気がついたのだが、自動絞りの方はT7.1からT8にかけて真円形になるようにできている。すなわち自動絞りとメカニカル絞りを組み合わせれば、T4.5からT8までの範囲を真円形の絞りで撮影できることになる。 意図的にこうしたのであれば、技術陣のこの拘りもたいしたものである。
 
 そもそも同じ価格、重さであれば、たとえばキヤノンのEF135mm F2.0L USMといった大口径の高性能レンズが買えてしまうのである。それほどこのレンズは特殊である。このようなレンズを初めて世に送り出したミノルタというメーカーに敬意を表したい。

ボケの特徴と生かし方

 アポダイゼーション・エレメントの効果によってボケはフワッとしたものになる。フォトショップなどの画像処理で「ぼかし」フィルターをかけたような感じである。写り方を言葉で説明するのは難しいので、下に作例をあげた。STFの特徴を感じていただければ幸いである。
 
 このように理想的なボケ方を追求したレンズではあるが、やみくもにボカしてもやはり汚いボケになるだけである。たとえて言えば普通のレンズではザラザラしたボケだが、STFではヌメヌメとしたボケになって、結局どちらも気持ちよくボケてくれない。つまり背景処理はどちらのレンズでも十分に気をつける必要があることに変わりはない。これを使えば背景がきれいにボケるというような万能のレンズではないのである。「大きくボカさず、フワッとボカす」のがコツだと思っている。

【注1:アポダイゼーション・エレメント】
 レンズ中心の透過率が高く周辺へ行くにしたがって透過率が減少する、絞りの近くに設置したフィルターのこと。これによってボケの周辺ほど光の量が少なくなり、なめらかなボケが得られる。
【注2:F値とT値】
 通常レンズの明るさはF値で表されるが、これはレンズ径と焦点距離の関数である。T値はさらにレンズの透過率分も考慮してレンズの明るさを表した数値である。アポダイゼーション・エレメントは光量のロスがあるのでF値よりも大きな(暗い)値となる。T値はシネマレンズなどで用いられている。
*私は専門家ではありませんので、文章中不正確な記述があるかもしれません。あらかじめご了承ください。

STFレンズによる作例  Example of  a picture by STF.


ピントの合った手前の花から後ろの花が少しづつボケてゆく様子や、葉や茎が形を留めながらも、奥にゆくにしたがってフワッとボケてゆく様子にSTFレンズの個性がよく現れている。 

Data: Minolta arpha700, STF135mmT4.5, T5.6 1/80 ISO800 -0.3EV, 2009.9.30 日光植物園. 「シラヤマギク」